目の前にあるモスバーガーを認識できていなかったワケ

先日、祖母の家(呉服屋)に行っていた時のことです。
従兄弟が珍しく、モスバーガーを食べていたので、思わず
「どこのモスバーガーで買ったの?」
と質問すると、
「目の前」
「えっ!?、目の前にモスバーガーなんかあったっけ?」
「えっ、あるよ。お店の真ん前にあるじゃん!」
周りにいた叔父、叔母からも、
「何言ってんだよ、雅之。目の前にあるじゃん」
と言われました。
その場に居合わせた僕だけが「?」が点灯していました。
しばらく思い返すと、確かに言われてみれば、目の前に「MOS BURGER」の緑ののぼりらしきものが立っていたかも…
位には思いましたが、はっきりと認識ができませんでした。
実際に、祖母の家の前にあるんですが…
僕にとっては【なかった】んです。
ほぼ毎週のように目の前を通っているにも関わらず…本当に認識出来ていない。まさに、
人間は見ているようで見ていない
意識しているものしか、見ていない
っていう経験そのものですよね。
仮に、同じ風景を見ていたとしても、
意識のスイッチが入っているか、入っていないのか?
によって、見えるものも見えない。
あるいは、
見えないものが見える
ということですよね。
今回でいえば、おそらく
祖母の家の前でモスバーガーに行く、というか、
飲食店に行くっていう考えが一切ないので、
前を何度も通って見ていたにも関わず、
【認識】して来なかったんだと思います。
何年前にできたか覚えてないですけれども、ここ数年だと思いますが…
僕にとっては、モスバーガーといえば、
祖母の家から100メートルぐらい離れたところにあったモスバーガーだったんです。
今は【すき家】になっていますが…
つまり、僕の記憶の中では、
祖母の家の近くにあるモスバーガー=昔のモスバーガー
であり、既になくなっていたことになっていたので、
思い出すのに時間がかかったんでしょう。

今回はモスバーガーだから良かったですけれども、
例えば、仕事で同じ資料を読んでいたり、同じ事象を見ていても、
ピント外れの意識で臨むと、
見つけなければいけないことが見つからない
気づくべきことに気づけない
なんてことがあるってことですよね。
あるいは、
他の人には何でもないものが宝の山に見える
なんてこともあるのかもしれません。
あー、恐ろしや、おそろしや。
ってことで、
少なくとも仕事においては、
期待されていることを外さない。
論点を外さない男になるべく、
真摯に仕事に向き合おうと思うのです。
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