「僕はここにいる」叫び続けなきゃ、死んでしまう。

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令和3年7月21日  今日もクルクル通信1055号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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他人との距離を最も縮めてくれるものは、

共通の知人がいるかどうか?

ではないか。

だから、「はじめまして」の人にお会いした時も、会うことが分かった段階で、

オンライン、オフラインを問わず徹底的に事前のリサーチをすること。

これが有益なのではないか?

同時に、相手側も同じように情報収集をしてくれる可能性があるのだから、少なくとも、

オンライン上に自分の情報を残しておく=情報発信をし続けること。

これも、人間関係を拡げる、あるいは深めるためには、不可欠な行為なのではないか?

昨日書きましたが、今日も続けます。

1000日以上毎日このブログを書き続けていますから、もし、「はじめましての方」が事前にググってくだされば、その分の履歴が残っていることになります。

そのうち、1つでも2つでも、目を通して頂ければ、「まあ大体こんな奴かな?」というおよそのイメージは持って頂けると思います。

実際、挨拶代わりになっているという経験も何度もあります。

その度に、「やっててよかった公文式」ならぬ「やっててよかった情報発信」って思っています。

まぁ、間違いなく、今の時代、商品だろうが人間だろうが最初にwebで検索をしますからね。

ちなみに、「中田雅之」と検索して、トップに出てくるのは、元声優さんの中田雅之さんです。まったく存じ上げませんが。

少なくともファーストビューに入れるように、精進いたします笑

それはさておき、どんな情報にせよ、事前に手にすることができれば、相手に安心感を与えることになりますから、かなりのプラスの営みと言えます。

逆に、仮に、初めてお会いする方の情報がオンライン上に一つも残っていないとしたら、不思議に思いますよね?

この情報化社会、予期しないものまで、履歴がオンライン上に残ってしまうにもかかわらず、何も痕跡が残っていないとしたら、

情報は全て非公開。会員制のみの、カリスマ飲食店よろしく、全てを非公開する、というポリシーで運営している人か?

何もやっていない人?

のいずれかとしか、考えられませんよね。

いずれでもないとしたら、情報発信をやらない手はないと思うのです。

 

しばしば、

「なんで毎日ブログ書いてんの?」

という質問を頂くことがあります。

理由を挙げたら、キリがないのですが、例えば、

書く力を伸ばす、話す力を伸ばす。

表現力を磨く。展開力を鍛える。

構造化する力を磨く。

日々の健康管理。体温計測ならぬ、「心の体温計測」をしている。(心の状態がマジで分かるんですよね。整っていない日は筆が進みませんから)

もちろん、オンライン上に履歴を残す。あるいは、未来の「はじめましての人」に向けてメッセージを送り続けている。(かっこよすぎか!笑)

などなど、沢山あります。

その中の大きな一つに、

「私(中田雅之)は生きていますよ」と毎日、皆さんに向けて叫んでいる。

ということもあるんです。

ぶっちゃけ、今の私は、電通という、誰もが知っている会社の社員でもないですし、YCPのようなグローバルに事業展開する、コンサル会社に所属しているわけでもありません。バードマン(旧エードット)のような上場企業の社員でもありません。

しかも、1人で活動している人間で、

てか、「株式会社SURGING」って一体なんですか?てか、そもそもなんて読むんですか?

って話だと思うんです、ぶっちゃけ。(サージンって読みます笑)

そんな状況にもかかわらず、情報発信さえもしていなかったとしたら、

死んだも同然(比喩的に)。忘れ去られて当然の人間になってしまうのです。

放っておいたら、誰にも出会うこともない人間なのです。

でも、生きています笑

だとしたら、ちゃんとメッセージを送り続けないと、すぐに死んでしまう(比喩的に)のです。

だから、

僕はここにいる。

って、山崎まさよしバリに、叫び続けているのです笑

生存確認すらしてもらえない人間に、商売なんてできるわけがないじゃないですか。

心の底からそう思っているので、毎日書き続けているのです。

でも、大企業で働いている人間から、

出社がなくなった、リモートワーク全盛の今は、たとえ同じ部署であっても、一緒に仕事をしていない人は、何をやっているのか?全く分からない人が沢山いる

なんて話を聞いたこともがあります。

そう言った人は、死んでいる(比喩的に)ようなものですよね。

それじゃあ、寂しいじゃないですか。

それじゃあ前に進まないじゃないですか。

知っている人の範疇だけで、活動をしていたら、どんどん活動範囲が狭まっていってしまうだけじゃないですか。

そうならないためにも、毎日こうやって投稿し続けているのです。

 

地震などの災害があった時に、SNS上に、「無事かどうかをみんなに報告しましょう」という通知が来ることがありますが、そんなことを待っていては死んでしまう(比喩的に)ので、自分から、

「生きてます、中田」って通知しまくってる。勝手に、生存者確認情報を送り続けているんです笑

小学生の時、3年生から6年生までが一緒に行く、夏の林間学校というものがありました。

これは、各学年2人ずつ計8名1組で同じ部屋で寝泊まりをするというものでした。

ここでは、朝晩の1日2回4人ずつ2列で正座をしながら、

「男子第〇班、総員8名、現在員8名全員異常はありません。」と、先生に報告する、点呼と呼ばれるものがありましたが、

先生もいないし、頼まれてもいないのに、自分で勝手に点呼を取っているようなものなのかもしれません笑

 

夜の点呼は夜9時に行われ、これが終わると、消灯⇒就寝になりました。

でも、実はここからが本番だったんですよね。

夜の点呼は就寝の合図ではなく、始まりの合図だったんです。

先生の目を盗んで部屋移動をして、夜な夜な課外活動に勤しんでいました。

中でも、乾パン&氷砂糖を賭けた、賭け大貧民を最高でした。

 

風の時代と言われる今は、個の時代だとも言われます。

そんな時代においては、林間学校の点呼よろしく、

「異常はありません!!僕はここにいます!!」

と、自ら情報発信をする。

ここからが始まり

とも言えるのかもしれません。
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【今日のうねり】
個の時代と言われる、現代においては、自ら情報発信をしない手はないだろう。
オンライン上に何も痕跡がないとしたら、それは死んでいるのも同然だ。
なぜなら、誰もが最初にやることはネット上での検索だから。
死人にならないためにも、「僕はここにいる」と弛まず情報発信をし続けること。これが、人間関係を拡げる一手になるのだ。
誰もが知っているような会社に勤めているならまだしも、個人であるならば、発信し続けるかないのだ。