ケチで何が悪いのさ。

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令和3年7月27日  今日もクルクル通信1061号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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興国とは謙のたまものであって、亡国は傲慢の結果である

代表的日本人』の著者でもある、内村鑑三の言葉があります。

私なんぞに、国家単位の話は分かりようがありませんが、一個人で考えてみれば、成果を上げている人、富を得ている人は、質素倹約。

実るほど頭を垂れる稲穂かな、のごとく、どんなに成果を挙げようとも、決して慢心することなく、倦まず弛まず、淡々粛々と、やるべきことをやり続けている人なのだと思います。

成果が1回限り、刹那的な富を得るだけで終わってしまう人は、傲慢であることが多いのかもしれません。

もちろん、これには私の勝手な解釈が多分に含まれておりますが、内村鑑三は、同様に、

国の興亡は戦争の勝敗によりません。その民の平素の修養によります。

という言葉を残しているので、

いかに謙虚に学び続け、慎ましく生活をするのか?

ということが大事なのだと思われます。

 

伊丹十三という映画監督であり、エッセイストがいます。

(改めて、Wikipediaを見てみると、俳優、雑誌編集長、CMクリエーターなどの数多くの肩書が出てくるので、本当にマルチな人だったのでしょう)

映画でいえば、『お葬式』『タンポポ』『マルサの女』シリーズ、『ミンボーの女』など。

エッセイで言えば、『ヨーロッパ退屈日記』『女たちよ!』『再び女たちよ!』『日本世間噺大系』など。

数多くの名作を残しています。

初めて彼の作品に触れたのは、小学校6年か、中1の頃だったように思います。

『ヨーロッパ退屈日記』だったか、『マルサの女』だったか、はたまた、『女たちよ!』はが入り口だったのか?は忘れてしまいましたが、ドはまりました。

(きっかけは、先日も登場した叔父のススメです。)

例えば、今でもはっきり覚えているのは、『ヨーロッパ退屈日記』に書かれていた、正しいスパゲッティの食べ方です。

スパゲッティをスプーンとフォークで食べるのは、日本人だけだ。

本場イタリア人はスプーンは使わない。

その代わり、パスタが盛られてくる皿がまっ平らなものではなく、スープ皿のような、ふくらみのある形に盛られてくる。

(イメージとしては、ちょい浅めの麦わら帽子をひっくり返したような皿)

その皿の縁にパスタを寄せ、そこにパスタを押し付けながら、フォークに巻きつけて食べる。

これが本場の食べ方。

日本人が、音を立てて蕎麦を食べるのとは異なり、スパゲッティは、ズルズル音を立てて食べるものではない。

なんてことが書かれていました。

これを読んで以来、スパゲッティを食べる時はフォークオンリーになりました。

影響を受けやすくてすみません笑

ちなみに、この話は、映画『タンポポ』にも出てきます。

あるいは、作品は忘れてしまいましたが、

空港では走ってならない。

(調べてみたら、「飛行場で不愉快なのは走る男である。」という下りから始まる『走る男』でした)

とか、

小便をした後も、チャックを上げ、ボタンを締め、ベルトを締めてから、小便器から離れるように。

これらの事後動作を小便器から離れながらやる奴がいるが、みっともないからやめろ。

なんてことも書いてあったような気もします。

それを読んで以来、私は忠実にそれを守っています笑

はい、影響を受けやすくてすみません笑

 

さて、そんなマルチな伊丹十三作品の中でも、『マルサの女』は最高だと思っています。

冒頭の音楽からカッコいい!!

12,3歳に青年?にはなかなか刺激的な作品でしたが笑

エンタメ作品としても十分に楽しめますが、

脱税ってこうやってやるのか?

とか、

ヤクザってめっちゃ怖いな。

とか。

裏の世界がリアルに垣間見えることも、記憶に刻み込まれた大きな理由かもしれません。

てか、そもそも、こんな裏の世界をすっぱ抜く映画を作って大丈夫なの?

って感じたのですが、やっぱりダメだったみたいですね。

『ミンボーの女』の公開中に、伊丹十三はヤクザに襲撃されたらしいですから。

『マルサの女』は、ラブホテル経営者と『マルサの女2』は、宗教団体の脱税をすっぱ抜く話です。

私の中でのヤクザの原体験は、『仁義なき戦い』でも、『アウトレイジ』でもなく、『マルサの女』の山崎努でした。

片足びっこで杖をつきながら歩くあの姿。大声を出すわけではないが、あの雰囲気と何とも言えない表情が、異常な怖さを醸し出していました。

『マルサの女2』の三國連太郎もめちゃ怖かったですが。

 

この『マルサの女』には、こんなシーンがあります。

国税の捜査官花村(津川雅彦)が、「どうしたら金がたまるんだ?」って、権藤(山崎努)に聞くんです。すると、彼はこう答えるんです。
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「せっかくだから教えてあげるよ。金貯めようと思ったらね、花村さん。使わないことだよ。

あんたは葬式がありゃ1万、結婚式がありゃ2万と出すでしょう。そんなもの出してたら金は残らない。

100万あったって使えば残らない。10万しかなくても使わなければ、まるまる10万残るんだからねえ。

あんた、今、ポタポタ落ちてくる水の下にコップを置いて、水、貯めてるとするわね。

あんた、喉が渇いたからってまだ半分しか溜まっていないのに飲んじゃうだろ?これ、最低だね。

なみなみいっぱいになるのを待って…それでも飲んじゃだめだよ。

いっぱいになって…溢れて…垂れてくるやつ…これを舐めて。我慢するの。そうすりゃコップいっぱいの水は…」
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いやー、山崎努の演技がマジで凄いんですよ。

富を得た人、金持ちになった人の中には、質素倹約、時に、ケチと呼ばれるような人もいるのだと思います。

いや、本当のところは、その逆で、

ケチで質素倹約だから、富を得た。

と解釈する方が正しいということなのでしょう。

興国とは謙のたまもの。富も倹のたまもの

なのです。

とはいえ、脱税王にこんな含蓄のあるセリフを吐かせるのが、この映画の魅力でもあるんですよね。

 

最近、北の達人コーポレーション創業者の木下さんの『売上最小化、利益最大化の法則』という書籍を読みました。

この中に、松下幸之助さんがある講演で語ったと言われる、「ダム経営」が紹介されています。
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「好景気だからといって、流れのままに経営をするのではなく、景気が悪くなったときに備えて資金を蓄える。ダムが水を貯め、流量を安定させるような経営をすべきだ」(1965年2月の講演)

聴衆の一人が、

「ダム経営の大切さは分かるが、そのやり方が分からないから困っているんですよ」と尋ねた。松下氏は、

「まずはダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ」と答えた。

聴衆は落胆したり、顔を見合わせて苦笑したりした。
(本書より抜粋)
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ところが、これにはこんな続きがあります。

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しかし、「これをやったから松下は大企業になったのだ」と気づき、実践した人がいた。

京セラ、第二電電(KDDI)を創業し、日本航空の経営を再建した、あの稲森和夫氏だった。
(同書より抜粋)
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何かを興したい。

何かを成し遂げたい。

富を得たい。

豊かな人生を歩みたい。

願うことは人ぞれぞれかもしれません。

でも、謙虚に自らを修め、質素倹約を努め、誠実にそれを希求し続けること。

これは何を成し遂げるにも共通しているのかもしれませんね。

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【今日のうねり】
何かを興すには、謙虚に自らを修め、質素倹約を努め、誠実にそれを希求し続けなければならない。
ちょっと、貯まったからって、すぐに使っていては、貯まるものも貯まらない。むしろ失っていくだけだ。
種銭作りが大切なのだ。
実るほど頭を垂れる稲穂かな、の精神で、道を歩むのだ。