トイレのおじさんと本田静六。言ってることが似すぎていた件。

==========
令和3年7月28日  今日もクルクル通信1062号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
==========

久々にトイレ掃除のおじさんの登場です。

「お兄ちゃん、久しぶりじゃない、どうしたんだよ、最近?元気か?」

「はい。元気です。ちょっと暑くなってきたんで、朝早めに出たりとか、散歩のルートを変えたりしていました」

「おーそうか、元気ならいいよ。確かに暑いよな。」

「おじさん、夏休みってどうなってるんですか?」

「夏休み。一応あるよ。順番だから、俺は9月の予定。」

「その間は、バックアップの人が来るんですよね?」

「そうだよ。本部から応援が来るんだよ。でもさ、

夏休みなんていらないんだよ。

仕事が遊びだから。

毎日遊ばせてもらってんだから、休みたいって思わないんだよね。

っていうか、残り人生も長くないから、休んでいたらもったいないって!!遊びたい(仕事したい)もん。」

「そうですよね。でも、おじさんは若い時から、同じように「休みなんていらない」って、言っていたんじゃないですか?笑」

「そうなんだよね。俺、貧乏だったから、休むことに抵抗があるかもな。昔の人は、もっともっと働いていたから。それを見ていたしね。

お兄ちゃんだから言うけど、俺から言わせれば、みんな休み過ぎだって。特に若い人、休み過ぎだって!

いやね、力があるんだったら、いくら休んだっていいよ。構わないさ。

でもさ、力もないのに、休んでばっかりいたら、ダメだろ。いつまでたっても何もできない。

まずは力をつけろって。

いいな、お兄ちゃん、仕事が道楽にならないとだめよ。仕事の道楽化だ。」

「はい!本田静六が言ってることとと同じっすね。仕事の道楽化!」

「でもね、お兄ちゃん。この順序、間違えたらダメだよ。

道楽を仕事にするんじゃなくて。仕事を道楽にする。

これだからね。

例えば、道楽がボウリングだからって、それ、仕事にするのは大変だろ。もちろん無理とは言わないけど、ちょっとやそっとじゃできない。

でも、仕事を一生懸命やって、その中で楽しみを見つける。道楽にする。これならできると思うんだよね。

仕事が道楽。道楽が仕事。

これだよ。」

「はい、勉強になります。今日も、有難うございます!

でも、あれですよね。自分が好きなことを仕事にした方が良いんですよね?」

「そうだよ。お兄ちゃん、俺、話したよな?仕事の三原則」

「はい、お話し頂きました。」

「ちょっと言ってみろよ。」

「自分の好きなことで、人から感謝されて。えーと、えーと。稼げること。ですよね?」

「まあそうだよ、「飯が食える」だな。この三原則は覚えといてくれよ。」

 

果たしてこのおじさんが、本田静六の『私の財産告白』を読んだのかどうか?は分かりません。

個人的には、読んでいないのではないか?とも思っています。

私が、本田静六と同じですね?って言った時のリアクションが薄かったんですよ、新渡戸稲造の時とは全く違って笑

まあ、そんなことはどうでもよくて、言っていることが、似過ぎているんですよね。
本田静六を読んでいないとしたら、なおさら凄いっす。

ちなみに本田静六が言う、仕事の道楽化はこんな感じです。
~~~~
職業を道楽化する方法はただ一つ、勉強に存する。努力また努力のほかはない。

あらゆる職業はあらゆる芸術と等しく、初めの間こそ多少苦しみを経なければならぬが、

何人も自己の職業、自己の志向を、天職と確信して、

迷わず、疑わず、一意専心努力するにおいては、早晩必ずその仕事に面白味が生まれてくるものである。

一度その仕事に面白味を生ずることになれば、もはやその仕事は苦痛でなく、負担ではない。

歓喜であり、力行であり、立派な職業の道楽化に変わってくる。

本田静六『私の財産告白』より抜粋
~~~~

ちなみに、彼は、

人生の最大幸福は職業の道楽化にある

とも言っています。

 

トイレのおじさんのように、たとえ70歳を超えたとしても、

「休みなんかいらねえよ。毎日遊ばせてもらってんだもん。そんな時間がもったいないって」

って、サラッと若者に言えるようになりたい。

そのために、力がある人になる!と、改めて誓ったのです。
*****
【今日のうねり】
仕事は道楽化してナンボだ。でも道楽を仕事にするのではない。
仕事が道楽で、道楽が仕事。
その順序は間違ってはならないのだ。
徹底的に目の前のことに打ち込めば、どんな仕事でも面白みが見出せるのだ。
好きなことで、感謝されて、飯が食える。こんな仕事をし続けて、生涯元気を目指すのだ。