その一つのアクションで、人生は大きく変わるのかもしれない

二宮尊徳
薪を担いで歩きながら読書をしていたほどの勉強家、勤勉家
として生まれてからずっとそういう人だと認識をしてきました。
小学生の時だったか?見た銅像の影響もありますが。

代表的日本人
内村鑑三が書いた、古典中の古典を読みました。
ここに二宮尊徳のことが記述されているのですが、恥ずかしながら、彼のことをきちんと知ったのは今日が初めてでした。
薪を担いで歩きながら読書をしていた
以外、何も知らなかったわけです。
なんのために、そこまで熱心に勉強をしたのか?
そんな勉強家が何を成し遂げたのか?
など、何一つとして、調べようともしてこなかったというわけです。

確かに、二宮尊徳は歩きながら読書をしていたんですが、
その時間しか勉強させてもらえる時間がなかったから致し方なくやっていた
そんなことすら知りませんでした。
皆さんはご存知でしたでしょうか?

なぜ、歩きながら読書をしなければならなかったのか?
叔父の元に預けられて育てられた彼は、日中は稲作や田畑仕事といった、叔父の手伝いをし、夜であれば好きな勉強ができるだろうという思い読書をしていたところ、
「勉強なんて役に立たないもので、貴重な菜種油を使うな」
と言われました。
そこで、1年をかけて、川岸のわずかな土地を自ら開墾して菜種油を作りました。
これで叔父に何も言われることなく勉強ができるだろう
と思って夜に読書をしていると、
「俺がお前の面倒見てやっているのだから、お前の時間は俺のものだ、お前達を、読書のような無駄なことに従わせる余裕はない」
と言われ、1年後も勉強させてもらえませんでした。
彼の言っていることはもっともだと思った、二宮尊徳は、1日の田畑の重労働が終わった後、夜もわらじ作り等に励みました。
それ以降、彼はの勉強は叔父の家のために、毎日干し臭や負けを取りに山に行くを往復の道でなされました。
これが彼が、移動時間で勉強する、【歩く読書家】と顛末でした。

後に、彼は村の中に開墾されていなかった沼地を見つけ、そこを自らの手で田んぼとして開墾し、そこで米を作るようになったそうです。
これをきっかけに、多くの不毛の土地を開墾し、数年でかなりの資産を所有するほどになったそうです。
そこで収穫したものや自分の学んだことをを近所の人々に分け与えるようになり、その結果、近所の全ての人々から模範的な倹約家、勉強家として仰がれるような人物になっていったのです。
小田原藩の藩主を始め、多くの名士から、後背地の立て直しを任せ、次々として成果を上げて行き、大賢人として、歴史に名を刻むほどの活躍をしていったそうです。
そんな大賢者という部分すら、私は知らなかったんですよね。

で、何かって言いますと、
これ、ちょっと気になるな?
これ、知らないな?
あれ、これおかしいな?
これ、もうちょっと突っ込んで知りたいな
面白そうだな?
などなど、何でもいいから、自分のアンテナが反応したものに出会ったら、その場で迷わず、調べるっていうことがめっちゃ大事なんじゃないかってことです。
その一つのアクションによって大きく人生は変わっていくことがあるのではないか?とすら思うのです。
そう思ったその場で、行動に移さなければ、おそらく、その後二度と調べるってことはないのではないか?って思うからです。
ちょっと振り返ってみても、少なくとも僕自身はそうなのです。
ラクしたいし、すぐ忘れてもしまいますから。
即行動の精神ってのは大切なようです。
今回、この書籍を読まなければ、素晴らしい数々のエピソードと珠玉の名言に出会うこともなかったわけですから。

ちなみに農民賢者と呼ばれる、二宮尊徳は誠実さをベースに、原理原則を大切にした人だったようです。
・誠実にして、初めて禍を福に変えることができる。術策は役に立たない。
・一人の心は大宇宙にあっては、おそらく小さな存在に過ぎないであろう。 しかし、その人が誠実でさえあれば、天地も動かしうる。
・キュウリを植えればキュウリと別のものが収穫できると思うな。人は自分の植えたものを収穫するのである。
・最初に道徳があり、事業はその後にあるのであります。後者を前者に先立ってはなりません
・なすべきことは結果を問わずなされなくてはならない

これらは、ソロモン王とも通じますね。こういった方が代表的日本人として100年以上前に西洋に紹介されているわけです。
そんなジャパニーズらしいジャパニーズを目指そうと思うのです。
****
何でもいいから、自分のアンテナが反応したものに出会ったら、その場で迷わず、調べるっていうことが大切。
人は、楽をしたい横着な生き物なので、その瞬間を逃すと次はないから。
その行動一つで人生が変わることすらある。
即行動の精神がやはり大切なのだ。