大根がカリン塔に見えた話

以前も書きましたが少し家事をやるようになっています。
しかし、あんなに食べるのは好きでも料理は一切できません。料理はできないどころか、包丁が使えないんです。
もしも、指を切ったらどうしよう?
仕事に支障が出るって思うと、どうしても握る気が起きません。
ということで、昨日、リスクの少ない、切るではなく、下ろすを行いました。大根&レンコン半分を一気におろしにしました。
筋肉痛とは言わないですけれども、握力はほぼなくなり、下ろしたものを鍋に流し込むべく、おろし金を持ち上げると、指先がプルプルして堪えられなかったです笑
お前、腕の筋肉弱すぎじゃねーか
というツッコミもあろうかと思いますが、否定もしませんが、是非試してみてください笑
いやー、めちゃめちゃ体力を使いました。
一気に下ろしたとはいえ、ちょいちょい休憩を入れないと、とてもできる量ではありませんでした。
実際半分の大根と最初に向き合った時、
エッフェル塔?いやいや、カリン塔でしょ!?
ぐらいに見えました。
下ろしては休んで、たまに、出来上がった大根の量を見て、一定の達成感を得ながらやりました。でないと、出来ませんね。特に序盤は。
全然、カリン塔の頂上は見えないのですから。
下ろしている最中は、おろし金と大根の接地面しか見えていないので、どれぐらいやれてるかって意識しづらいんですよね。
逆に、後半は、どんどんゴールが見えてくるので、頑張れました。
まあ、それはさておき
料理人の下積み時代って、一体1日どれくらいの大根を下ろすんでしょうか?
仮に、焼き魚定食100人前作るとしたら、大根13本必要ですね。
(実体験に基づき、1本で8人前下ろせると仮定 笑)
まあそんだけ大根を下ろしたら、めちゃ重労働ですね。毎日やっていたら、ガチで前腕太くなりますよ。
あるいは、玉ねぎやにんじんの皮むきは100~200個くらいやるんですかね。もちろんお料理の内容次第ですが。

あくまで完成したものを食べているだけの時は、全く他人事なのです。
実際やってみると、とんでもなく肉体労働。大変なことだって身に染みてわかります。
かなり大変なので、途中いいかげんになったりもします。
プロフェッショナルの料理人は、大根の甘みを出すために円を描きながら下ろすとか、力の入れ具合とか、そういう細かい機微が求められるんでしょう。
いい加減にやれば、先輩にすぐばれる。味も、見た目も悪くなるわけですから。
ちょっと想像しただけでも、恐ろしいですね。
やはり、お料理ってのは、心技体が求められる、仕事なんだろうと思うのです。

そんな、ちょっとした想像も
たった一度とはいえ、やったからわかるんですよね。経験をしたからわかるのです。
様々な経験をしてみる
特に、
立場が変わる経験
っていうのは、やっぱりめちゃくちゃ重要なようです。
そもそも感謝が生まれます。
リスペクトや配慮が生まれます。
視野が拡がります。
そして、リアリティと想像力も生まれます。
鳥を見たから人間が飛べるようになったって言われますよね、人間は見たもの、経験したことしか分からないんです。出来るようにならないのです。

良いセールスパーソンになるならば、セールスをされなければならないのです。
良いGiverになろうと思うなら、時にTakerも経験しなければならないのです。

今までは、定食屋で焼き魚定食を注文した時に大根おろしが少ないと、ちょっとイラッとしたい気分になっていました。お代わりをもらっても、ちょっとしか貰えないと、「これだけ??」って思っていましたが…
大変なんですよ!
という作り手の論理がちょっとわかるようになりました。
かといって、サービスをその時は受ける立場の場合、不必要に遠慮するつもりはないけれども、
お願いする時のお願いの仕方、声色。頂いた時の感謝の気持ちや態度や、そういったところは改めます。
今日で平成が終わりますが、令和の年は、
平成以上にくりくりくりくり動いて、貪欲に多くを経験し、
配慮のできる人間になろうと、大根を下ろしながら思ったのです。
これからもどうぞよろしくお願いします。
****
どんなことでも経験をすることは、たった一回でも価値がめちゃある。
特に、takerがgiverにといったような、自分の立場が変化するような経験ならなおさらだ。
感謝、リスペクトや配慮が生まれ、視野が拡がる。
そして、リアリティと想像力も生まれるから。
経験が豊かになればなるほど、配慮が出来るようになる。