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令和3年9月14日 今日もクルクル通信1122号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日は、ヘンリー・フォードの
いくつかの小さな仕事に分ければ、これといって難しい仕事はない。
という言葉を引用しながら、
どんな仕事でも呑み込めるほど細かく噛み砕いてしまえば、解決の糸口が見えるよね。行動できるよね。
ということを書きましたが、今日も続けます。
会社員だった時、異動になる先輩から全ての業務を引き継ぐということがありました。
その先輩は昭和?平成?スタイルだったので、「とりあえず俺がやっているのを見とけ!」という人だったので、
一応は、業務の項目は挙げてくれるものの、
具体的にそれらがどういったもので、どのようにやるのか?
全く教えてくれませんでした。
先輩からすれば、「俺の下で仕事をしてきたんだから、分かるだろ!」ということだったんだと思います。
とは言え、完璧に全てを分かっているわけもないので、「あれを教えてください。」と言ってはみるんですが、
「わりぃ、時間がない。てか、もう、お前はわかってるって!できるって!!」
と言って、取り合ってもらえませんでした笑
でも、残り2週間となった時に、「これだけは!」という案件があったので、
「申し訳ないのですが、これだけはちゃんと時間を取ってもらえませんか?収益にもかかっちゃうんで…」
とお願いをしたところ、
「確かに、それはお前の言うとおりだ。じゃあ、話すぞ」
と、時間を作ってくれました。
なぜ、これをやるのか?
ABCの手順でやっていましたが、なぜこの順番じゃなきゃいけないのか?
達成したいことが〇〇であれば、BCAの順番でも良いんじゃないか?
私の理解があっているならば、ここから先はなぜ、このやり方をしているのか?××でも良いんじゃないでしょうか?
などなど、激詰めさせて頂きました笑
サクサク答えてくれるものかと思いきや、
「確かに何故ダメなんだ。なんで、こうやっていたのか?俺も分からなくなった。ちょっと考えるわ、すまんな。」
ってことで、そこで打ち合わせが終了。明日以降に持ち越しとなりました。
翌日、「分かったわ。中田。ちょっとやるぞ」ということで、昨日とは打って変わって、スラスラと話をしてくれました。
そのおかげで、業務の理解がめっちゃ深まりましたし、その理由までも、腹落ちしました。
実際、先輩がいなくなった後も、何とか取り廻していくことができました。
まあそれはどうでも良いんですが、
「いやー、やっぱり言葉にしなきゃダメだな。わかったふりはいかんわ。」という先輩の言葉が印象的で、今でもよく覚えています。
私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する
という哲学者ヴィトゲンシュタインの言葉がありますが、
言葉にできることは分かっていることだし、言葉に出来ないことは分かっていないこと
なんだと思うんです。
この言葉にするって、面倒くさいんですよね。ましてや、すぐに言葉にできないことならなおさらです。
だって、言葉にしようとすると、めちゃ脳に負荷がかかるじゃないですか。疲れるじゃないですか。
なので、言葉にできないことに直面した時に、適当に流してしまうことって多くないですか?
でも、それを越えて、言葉にするから、「分かる」が増えるのだと思うのです。
言葉にすることは、考えること。
と言い換えることができるようにも思います。
大学受験の時、数学や物理の問題を読みながら、「最初にああやって、そのあと、こうやって、最後にこうすればできるっしょ!」って頭の中だけで考えて、
実際に、解答解説を見て、「ほら、合っていたわ!」って思っていたことってありませんか?
さらに、その類題が模試とか本番のテストで出題されて、「これ、来た!あの問題集に載ってたやつ!イケる!」って思うんですけど、
いざ!解こうとすると、筆が進まない。おかしいな?って思うけど、結局解けなかった。
なんてことってありませんでしたか。
私だけですかね??頻繁にあったんですよ、だから、できなかったんですが笑
あれって、これと同じなんだと思うんですよね。頭の中で、解いたふりをしていただけ。考えていた振りをしていただけ。
実際に紙に書いていなかったから、言葉にしていなかったから、何が分かっていて、何が分からないのか?が分かっていなかった。
分かると分からないの境界が分からなかったんです。
以前、知っている。聞いたことがある。聞けば思い出す。という「意味なし三兄弟」について書きましたが、
分かった振りをする。ってのは、この三兄弟の「悪友」と言えるのかもしれません。
これまた、本当に意味なしですからね。
こんな悪友に絡まれた、大変ですから、日々書き続けていくことを習慣にすることが大事なのです。
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【今日のうねり】
言葉にする習慣は大事だ。
何が分かって、何が分からないのか?
その境界を気づかせてくれるから。それはつまり、考えることと同義だろう。
言葉にできることが増えることは、分かるが増えること。
逆に言うと、分かった振りは最悪だ。言葉にすることから逃げるのだから、理解が増えていかない。無意味なことだ。
分かった振りは、知っている。聞いたことがある。聞けば思い出す。という「意味なし三兄弟」の悪友だから、絶交しないといけない。
その方法は書き続けるしかないのだ。