1/10,000と1/1。そのギャップを理解できるか?

令和元年初日、皇居の周りの厳戒態勢が引かれておりました。
上空を飛ぶヘリコプターの数も半端じゃなく、2年分くらいのヘリコプターを1日で見たような気すらします。
千鳥が淵での検問もかなり念入りでした。車は1台1台停められ、しっかり検問されていました。当然、それに伴ってやや渋滞気味。
警備をしている1人の警察官の方に聞いてみました。
「かなり、警備が厳重ですね。上空に飛んでいるヘリコプターは、地上の警備用なのですか?」
「そうです。上空から見ると見やすいんです、本当によく見えますよ、ちょっと不審な動きをしたらすぐ分かりますし、簡単に追っかけることもできますから。」
地上では地道に検問をし、上空からヘリコプターで抑える
警備は挟み撃ちされているっていうことを知りました。

さて、その検問の光景を見て思ったんです
恐らく検問待ち(九段下から永田町方向)になっている全てのドライバーが、
いや、有楽町の方に向かうだけだから
新宿通り右折して四谷の方面に向かうだけだから
ってか、何の悪さもするつもりないし、ただの通行人なんだけど
などなど…って思っていたはずです
が、しかし、ちょっと警察官の立場になって考えてみました。
昨日の話じゃないっすけど、立場を変えて考えてみる、体を入れ替えて考えてみました。警察官としては、
「いや、俺だってわかってるよ。みんながただこの道を通りたいだけだって、テロとか考えてない善良な市民だってことは。
でも1人でもいたら大変なんです。わかってください!」
なんじゃないかって。
そう、1/10,000でも1回が出たらいけないやつなんです、この国を守るという仕事は。
改めて考えると、めちゃくちゃ大事な仕事ですね。プレッシャー半端じゃないです。

1/10,000でも、1/1,000でも逃したらそこで国家の一大事になり得る。
でも、ドライバーにとっては1/1。まじ関係ないと思いながらも1/1なんですよね。

一方で、先日故障した冷蔵庫は、メーカーの工場の方々が、物凄い数の検品をした上で出荷されているはずです。にもかかわらず、エラーっていうのは起こってしまう。
でも、それが1/10,000の確率なのか、1/1,000の確率なのか?
それを買ったユーザーにとっては1/1なんです。
作り手にとっては、1/10,000でも、ユーザーにとっては1/1
このギャップは計り知れないです。
作り手からすればすみません。1/10,000が出ちゃったんです、勘弁してください。ですけれども、ユーザーではそうはいかない、それが出た瞬間に信用できなくなってしまうんです。
この認識のギャップをどこまで理解した上で行動できるのか?
双方の立場を体を入れ替えて理解しようとするのか?
こういった意識を持てるか?持てないか?でコミュニケーション能力に大きな差が出るのではないか?
この意識が想像力と配慮を生むのですから。
こう考えると、ちょっと立ち止まって、体を入れ替えて考えられるかどうか?がコミュニケーション能力において、めちゃ重要かもしれませんね。
令和の時代もコミュニケーションを大切にしていきます。
そして、今日1日が平和に終わることを願っています。
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作り手にとっては、1/10,000の確率で起こってしまったことも、受け手にとっては、1/1。
その出し手と受け手の大きなギャップを理解したうえで、行動できるのかどうか?
これがコミュニケーション能力においては大切なのではないか。
その理解があれば、配慮と想像力が生まれますから。