【石の上にも三年】で大切なこと

昨日に引き続き、温泉卵を作りましたが、諸般の事情で、連日とは違う鍋を使用したため、あえなく今日も理想形は作れませんでした。
昨日の反省を生かして、変数のコントロールは1つしかしなかったのですが…
ダメでした。
所与の条件が違ったわけですから、まあ上手く出来ずでも仕方ないですよね。当たり前ですが。
がしかし、です。
もし、僕が今までの条件下で理想形を作っていたとしたら、また局面は変わっていたのではないか?そんなことを思うのです。
なぜなら、一定の条件下において、成功体験があるならば、「こうしたらうまくいくんじゃないか?これくらいじゃね?」という勘所が働くんだと思うんですよね。別の言葉で、成功体験は、成功フォーマット。勘所は、想像力でしょうか。

おそらくなのですが、ビジネスにおいてもこれはそうですよね。

実際、私は電通時代に、10社以上のクライアントを営業として担当をさせて頂きました。
8年くらい経験した後でしょうか。それなりにお仕事をさせてもらえるようになったわけですが、それ以降に新たに担当させて頂いたクライアントでは一定の期間を経れば、良好な関係を築くようなことができましたし、同じように、それなりにお仕事をさせてもらえるようになりました。
振り返ってみれば、それは、それ以前のクライアント経験の中(=一定の条件下において)、自分なりのフォーマットをも見出していたからだと思います。ですから、条件が変わった後でも、月日が経てば、そのフォーマットをチューニングすることによって、仕事を円滑に進められたんだと思います。
(提供できたそれなりのお仕事が、どの程度のレベルだったかはさておき)

であるならば、大切なことは、
自分オリジナルの成功フォーマットを作り上げること
なのではないでしょうか。
石の上にも三年
という言葉がありますが、これは、
我慢強く辛抱すれば(3年)、必ず成功できる
という意味だと思いますが、実は、これには、我慢強く辛抱すれば(3年)
成功できるフォーマットを見つけることが出来る
という意味があるのかも?そんなことも思いました。

サッカーのストライカーでもいますよね。この状況でボールを持たせたらヤバイ。「シュート、入りそう」って形を持っている選手。
野球のピッチャーでも、このカウントに持ち込めれば、打ち取れるみたいな
型(=フォーマット)を持っている選手っていますよね?

何かつまずいたり、うまくいっていない時、所与の条件に不平不満を言うのは簡単ですが、ぐっとこらえて、
その条件下でいかにパフォーマンスを出すのか?
そこで、どのような成功フォーマットを自分で見出すのか?

そういった一段高い意識で目の前の事に向き合うことができれば、今を価値あるものに、そしてそれが乗り越えやすくなるのではないか?
それさえできれば、次に大いなる跳躍が待っているのだろう。
そんなことを思ったのです
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一定の条件下で成果を上げたことがない人が、別の類似条件下で成果を上げられるはずがない。
なぜなら、自分自身の成功フォーマットを見出したことがないから、勘所(想像力)が分からないからだ。
であるならば、まずは所与の条件下で、成果が上げることがないよりも大切なのではないか?
もちろん、その条件に対して不平不満を言うのは簡単だが、それでは成長はないのだろう。重要なことは、
そんな条件下だからこそ、
いかにパフォーマンスを出すのか?
そこで、どのような成功フォーマット自分で見出すのか?
そういった意識で目の前のことに取り組むこと。
それさえできれば、次に大いなる跳躍が待っているんだ