ビッグチャレンジって本当に「ビッグ」なの?

今朝、ヨーロッパで働いている友人から
今の会社(日本法人)を辞めて、現地の法人に転職することにした
という連絡がありました。
「すっげえな、ビッグチャレンジだね!熱いよ!」
という返事をして、ふと思いました。
僕にとってはビッグチャレンジに思えるが、果たして彼にとってビッグチャレンジなのか?
まあ、この言葉の定義を仮に
大きなリスクを背負って、より大きな果実取ろうとする行為
とするならば、
ネイティブレベルで英語も話せないし、海外の会社で働いたこともない僕にとっては、今回の彼の決断はまさにビッグチャレンジに見えます。しかし、彼にとっては、
今までの海外でのビジネス経験の陸続きのもの。単なる延長線上にあることなので、大したことではないのかもしれないと思ったのです。
きっと、これは正しいように思うのです。
確かに新しいチャレンジではあるけれども、大したリスクは背負ってはいないんじゃないか。
と言いますか、そもそも、このリスクって言葉は何なんですかね。
例えば、今ある経済的な稼ぎが減ってしまうことなんでしょうか?
今回で言えば、現地法人で本当にやっていけるのか?パフォーマンスが発揮できるのか?
あたりでしょうか。
これだったとしたら、大きなお世話ですね笑
全部考慮してやっているよなって。

それはさておき、
こういった、自分にとっては、ビッグチャレンジに見えるけど…
っていう意思決定や行動している仲間がたくさんいると人生は豊かになるんでしょうね。
結局、人は、自分が認識している世界を生きることしかできないわけですから、
それと大きくかけ離れている仲間が沢山いればいるほと、世界が拡がりますよね。

僕の目標の中に、世界を広げたいというのがありますが、
自分が見えている世界なんて、わずかなことだってことを十分に承知しています。
だからこそ、このブログでも散々書いてきましたが、自慢できる素晴らしい仲間がいることがとても有難いのです。
年齢を重ねるごとに、人生が豊かになって行く実感も高まってきていますし。

逆に言えば、そういった友人と会った時に
「中田って、相変わらずビッグチャレンジしているな」
と思ってもらえるような行動をし続けられていれば、
彼らにとっても僕は、価値観や世界を拡げてくれる存在であり続けることが出来るわけです。
こういった存在であり続けられるのであれば、当然のことながら、エネルギーを与えられる、アロマも香るわけですよね。

こう考えれば、
自分の認識と全然違う認識の世界を人と触れ合うことで、互いの価値はものすごく高まると言えます。
ここのギャップが大きい世界に身を投じる事ができれば、
貢献できることも担える役割もたくさんあるのように思うのです。
「ビッグチャレンジしてるね!」
「いやいや、全然ビッグじゃないよ、普通」
そんな会話を友人と、さらっとできるようになりたいものです。
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人は、自分の認識している世界でしか生きることが出来ない。
だからこそ、自分と異なる認識で生きている友人が周りに多ければ多いほど、豊かになれる。
世界が拡がるから。
自分の認識と異なる認識の世界に身をおけば、その認識の差分が大きくなり、貢献できることも大きくなるはず。
これは、陣の張り方に置いて参考になる考え方だ。