無駄なプライドが成長を阻害する。

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令和3年10月15日  今日もクルクル通信1152号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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大学受験の必勝方法は、教科書の端から端まで完全に理解することだ

めちゃくちゃ勉強のできる友人が、言っていました。

東大模試で1位をとり、旧帝大の医学部に入学し、その後、東大病院でドクターとして活躍していた人間が言っていたんですから、十分な説得力があるとは思います。

この話は、受験勉強から10年以上後に聞いたものでしたが、受験勉強をしていた当時の自分が聞いていたとしたら、

もうちょっと勉強ができたかもしれない。

なんて思います。一方で、

きっと、聞いたとて、何も変わらなかったんだろうな

と思う自分もいます。

それはなぜか?

当時の自分が、この話を素直に受け入れることがなかったと思うからです。

「えっ、教科書に書いてあること??全部分かっているよ、知っているよ、そんな基礎なんて。

俺がやらなきゃいけない基礎問題じゃない。応用だよ、応用。大学への数学っしょ!?」

なんてことを言って真に受けなかったんです、きっと。

でも、実際のところは教科書の書いてあることも、ちゃんとわかっていませんでした。

その理解度は、教科ごとにばらつきがあるにせよ、苦手だった理数科目は50%ぐらいだったように思います。

50%って、実質ほぼ分かっていないってこととイコールですよね。

物理でも数学でもなんでもいいのですが、教科書というのはその学問の「系」をまとめているものですから

それぞれの単元は互いに関連し合っていて、一つ一つのことをきちんと理解することで、その全体(=「系」)が理解できるもの。

になっているのだと思います。

教科書をちゃんと読み込んだことがないので、単なる想像でしかないんですけれども笑

だとすれば、穴ぼこがあると大して役に立たないというか、理解していないのと同じになっちゃうんですよね。

だから、勉強ができなかったんです。

でも、なんで素直に、教科書と向き合うことができないと思うのか?

というと、

プライドが邪魔をする(だろう)

と思います。

本当は、分かっていないにもかかわらず、基礎は全てわかっていると思いたい自分。

分かっていないことを受け入れることができない自分。

周りへの見栄も相まって、分かった振りをする自分。

基礎なんてダサいと思っている自分。

そういう自分がプライドであり、これが邪魔をするから、当時の自分は素直に基礎と向き合えないんだと思うんです。

今から思えば超絶ナンセンスですよね。

何のために、セリフを暗記するほど、スラムダンクを読んだんですか?

「基本が大事!!だろ?ゴリ」って、覚えていたじゃん!?

って話なのです笑

今の私だったら、

金もかかんないし、最高じゃねーか!教科書を完全にマスターすればよいのね。

って、コツコツ教科書学習だけを勤しんでいると思いますが、若さというか、幼さがそうはさせなかったであろうと思います。

 

あれから10年以上の月日が経ちましたが、仕事においても、

この無駄なプライドをどう捨てるのか?

ということは、パフォーマンスに直結することだと思います。

分かったフリ、できたフリによって、生まれる穴が、大事故につながることだってありますからね。

受験勉強は、所詮、責任の範囲というか、影響範囲って、自分だけです。(もちろん、家族にも迷惑をかけることにもなりますが、家族は甘えてよい存在とさせてもらって)

でも、仕事は多くの人との関わりに中で、作り上げられていくものですから、自分一人の話ではないのです。

知ったか。分かったフリはダメ絶対。

知らないこと、分からなかったこと、できないこと

があったとしたら、それを素直に受け入れる。周りに伝える。

それは、恥ずかしいことでも、何でもないと思うんですよね。

だって、世界は広いわけで、自分が知っていること、分かっていることなんて、ホント、ご飯粒くらいの大きさくらいしかないのですから。

だから、分からないことに直面したら、年齢とか性別とか一切関係なく、

すみません。分からないので教えて頂けますか?

と、その道の専門家に大至急聞けば良いのです。もちろん、オープンクエスチョンはダメ絶対ですが。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥

って言葉があるじゃないですか。

って、受験生の時から、この言葉も知っていたはずなのですが…

あるいは、

無知の知

という、2500年くらい前にソクラテスが言った言葉もありますよね。

って、これも当時から知っていたはずなんですが…笑

 

いつだか覚えていませんが、ある時から、コメ粒くらいのことしか知らないということを理解してから、

知らない。分からないことが多くて当たり前。分からないことは、その道のプロに聞けば良いじゃんね。

たくさんの専門家と友人になっておけば良いってことだよね?

って思うようになり、それまで以上に友人・知人との繋がりを大切にするようにもなりました。

そうである以上は、自分も何かの専門であらねばならないとも強く思っていますが。

 

ということで、これからも、

幼い頃に持っていた、無駄なプライドは脱ぎ去って、友人・知人を頼る。

基礎を徹底する。当たり前を当たり前にやるという。

地味すぎる行為を続けていきます。

これからも、皆さま、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
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【今日のうねり】
自分の知っていることなんて、些細すぎる。
ほぼ知らないことばかりだという前提に立った方が生きやすいだろう。世界は広いのだ。
だから、未知のものに出会った時に、素直に聞ける友人・知人がたくさんいることが大事だ。
友達100人できるかな?なのだ。
これが上手に生きるコツだ。
一番ダメなのは、知ったかをすること。聞くことが恥ずかしいと思う無駄なプライドだ。
それがある以上は成長できない。