一等優れたものだけが、価値があるとは限らない

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令和3年11月18日  今日もクルクル通信1185号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨晩は大学時代の友人とサシ飯。

会うのは3年ぶり?だったのですが、初っ端の会話からビビりました。

「いやぁ、久しぶりだねー。何年ぶり?お母さんがくれぐれもよろしくって言ってたよ!」

「はあ??お母さんがよろしくって、俺、会ったことないよね?なんで知ってんの??」

「大学の時、数学教えてもらったじゃん。あれ、単位取れてなかったら卒業できてなかったから、うちではあなたのおかげで卒業できたってことになってのよ。まぁ、言い過ぎかもしんないけど笑」

言われてみれば、微分だか積分だかの数学が経済学部の必修科目にあり、テスト直前に教えた気もしてきましたんですが、その「数学を教えていた」って事実にビビったんですよ。

いわゆる医学部崩れで経済学部に入学した私は、最も苦手だった科目が数学。数学が苦手だから物理・化学といった理系科目は総崩れとなりました。

そんな数学で、人様に教え、感謝されることがあったなんて、にわかに信じがたいです。

自宅浪人、通称「宅浪」をしていたのですが、一緒に「宅浪」をし、同じ塾通っていた友人に、鬼のように数学が出来る奴がいました。

中学受験で、受験者の中で彼しか解けなかった問題があり、偏差値99?だかを出したこともあるといっている男です。真偽は定かではありませんが笑

彼は、その数学力を武器に第一志望の東大理一は確実と言われていたのですが、採点ミス?により不合格。結果的に、一緒に慶應義塾大学の文系に進学することとなりました。

でも、彼は、本当に数学ができたので、そのまま塾の講師となり、大学4年間、東大や医学部を志望するゴリゴリの理系受験生に数学を教え続けました。

言わずもがなですが、私には講師のお声がかかることはありませんでした。

そんなハイレベルな学生に数学を教えることなんてできるわけがないですからね。

でも、同じ数学を教えるという行為を経済学部の同級生にはやっていたようなんです。

大学受験数学は教えることができなかったですが、経済学部の必修科目の数学であれば、教えることができたんです。

ただ単に単位を取得したいだけ。「Dじゃなきゃ良い。Bを取りたいなんて言わないよ、Cで十分。」っていう人に対しては、数学を教えることができていたってことのようなんです。私の数学力であったとしても。

恐らく、同級生が求めていたのレベル感と私の能力がちょうどマッチしていたんだと思うんですよね。

逆に言えば、彼らは東大の数学に求められるような数学の本質的な理解(そもそも、そんなものがあるかどうかは分かりません、単なる想像です)なんてどうでも良くて、

仮にそんなことを教えてとしても、完全にトゥーマッチ。

「ってか、この問題を解くのにそれ、理解する必要ある??概念とかいらないからさ、ざっくり分かりやすく説明して、とりあえずこの問題が解けるようにしてよ!」

っていう、トゥーマッチだけじゃなくて、ミスマッチも発生していた可能性だって十分にあるのです。

つまり、先方が求めていることと、こちらが提供していることが合致していなければ、意味がないんです。

彼らにとっては、「東大への数学」を教えてくれる先生よりも、「単位取得の数学」を教えてくれる先生の方が、良い先生なんです。

たとえどんなに価値があるものを提供していたとしても、その価値が分からない人にはとってはまるっきり意味がないんです。

むしろ、マイナスになることだってありますよね。「いや、求めてないから」って。

これは、「YouTubeに出す動画広告を作りたいんです」というお客様に対して、ゴリゴリにTVCMを制作しているクリエイティブチームを紹介したとしても、

「いや、求めてないし、トゥーマッチなんだけど…」って、全然有難がられないことと一緒ですし、

逆に、「TVCMをやりたい!」と言っている人に対して、YouTubeの動画広告ばっかやっているチームを紹介したとしても、

全然お呼びでないってこととも一緒のように思います。

つまり、相手が求めていることに合致したものを提供するから、価値がありますし、

求めている人に対して、求めているものを提供するから、価値が生まれるんです。

これ、
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第2の質問 われわれの顧客は誰か

第3の質問 顧客にとっての価値は何か
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という、『ドラッカー5つの質問』と全く同じ話な気がしますよね。

ちなみに、他の質問は、
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第1の質問 われわれの使命は何か

第4の質問 われわれの成果は何か

第5の質問 われわれの計画は何か
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です。

顧客が誰か?が分かり、提供しているものが何か?がわかって、それらを一致させることができれば、価値を提供することができるんですよね。つまり、商売になるんです。

一等高価なものや優れているものだけが、価値があるとは限らないのです。

誰に何を通して、どんな価値を提供しているのか?

自分自身で整理できているかどうか。が商売においては重要です。

定期的に、自らに問いかけていきたいものです。
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【今日のうねり】
誰に何を通して、どんな価値を提供しているのか?
それをきちんと言語にできなければ良い商売はできないだろう。
一等高価なものや優れているものだけが、価値があるとは限らない。
先方が求めていることを提供できてこそ、初めて価値が生まれる、商売になるのだ。
原理原則を決して忘れてはならないのだ。