淀川長治から「映画を引く」と何が残るのか?

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令和3年12月5日  今日もクルクル通信1202号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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朝は6時半、辺りがうっすらと明るくなり始める時間ですが、今朝も変わらず、トイレのおじさんは掃除をしていました。

「いや、だいぶ冷えてきましたね。」

「そうだな、寒くなったなぁ。でもなぁ、俺の仕事は、寒いからいいんだよ。」

「どうしてですか?」

「そりゃ、わかるだろう。人が来なくなるよ。だから汚くならない。掃除が楽でいいんだよ。一番大変なのは、花見の時期。ホント汚くなるから大変よ。花見の時期も見に来いよ」

そう言いながら、おじさんは、弁当類が入ったコンビニの袋を外に投げ出しました。

「これさ、誰が捨てるか?分かる?」

「〇〇の方ですか?」

「そう。トイレにゴミ捨てる人はあの人たちに多いね。」

「そうなんですねでも、どうなんですか?コロナになって、外で飲む人、かなり増えたじゃないっすか。そういう人達が捨てるってことないんですか。」

「いやー、ないね。お兄ちゃんが言ってんのは普通の発想だよ。そういう人たちが、「飲み食いしたごみをわざわざトイレに捨てに行こう」って発想になると思う?ならないだろ。

酔っ払った人が捨てるなら、その場でしょ?ポイ捨て。」

確かに、言われてみれば、そんな気がしてきます。さすが!賢人!

「トイレの掃除はなー、本当に勉強になるぞ。世の中のことがよくわかる。」

そんなことを言いながら、おじさんはトイレの壁面に水をかけていました。お手製の特性ホースで。

トイレ掃除は、トイレの中だけという掃除人もいるかもしれませんが、おじさんは当たり前のようにいつも壁面も掃除をしています。

相も変わらず、おじさんの話は、私の知らないこと、常識範囲外のことばかりなので、学びにあふれています。

『ナニワ金融道』や『ウシジマくん』に近い学びも多くて、好きです笑

知らない世界という話で言えば、先日サシメシをした演出家の彼とも、それが話題になりました。

2018年カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した『万引き家族』や2019年パルムドールと2020年アカデミー賞作品賞の2冠の『パラサイト』もそうだよねって。

これらの作品は、経済大国の首都で、あのような事態が起こっている、多くの人が見えていなかった部分に光を当てたことが受賞の理由にもなっているそうですが、一方で、あれが日常。という人もいるんですよね。

まさに、トイレのおじさんの見えている世界と私のそれが違うのと同じようなものだとも思います。

演出家と話したからなのか?昨夜、『世界は「使われなかった人生」であふれてる』という沢木耕太郎の映画エッセイを本棚から取り出しました。

冒頭に、淀川長治にインタビューした時の回想が書いてあるのですが、彼は、無礼を承知で、

「淀川さんから映画を引いたら何が残るんですか」

と質問をしたそうです。

すると、淀川さんは、あんたは優しい顔をしてずいぶん残酷な質問をするね、と笑いながら次のように答えたそうです。

「わたしから映画を引いたら、教師になりたかった、という夢が残るかな」

沢木耕太郎にとっても思いがけない答えだったのですから、私がビビったことは言うまでもありません。

淀川長治は、映画好きで年間100本観るという人がいるが、本当の映画好きは1本の映画を100回見る。

と言っていたそうです。これも演出家の彼に聞きました。

一つのことを徹底的に掘っていくことで、見えること、学べることが山ほどあるということでしょう。

トイレのおじさんにもいつか、効いてみたいものです笑

【汝の足下を掘れ そこに泉あり】

というニーチェの言葉もありますが、トイレのおじさん、沢木耕太郎、淀川長治しかり、

コツコツと地味にやり続けた先に自分にしか到達できない泉を見つけることができる。

ということなのかもしれません。
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【今日のうねり】
【汝の足下を掘れ そこに泉あり】というニーチェの言葉がある。
やみくもに多くのことに手を出すのではなく、たった一つのことに絞ってコツコツやり続ける。
それをし続けさえいれば、自分にしか到達できない泉を見つけることができるし、本質的なことへの理解も深まるのだ。
やりつづけるしかないのだ。