「シミ」が「しみ」わたる。

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令和3年12月13日  今日もクルクル通信1209号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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向田邦子というTVドラマ脚本家、作家、エッセイストがいます。

エッセイしか読んだことがないですが、初めて、『父の詫び状』を読んだ時の衝撃は今でも忘れられません。強烈なアッパーカットを喰らって一発KOされました。って、平和主義者ですから、実際にそれを喰らったことはないですが。

彼女の名前は知ってはいましたが、実際に、書籍を手に取るきっかけをくれたのは、やっぱり沢木耕太郎です。

彼が、この『父の詫び状』の解説を書いているのですが、その解説を書いている時に、BGMにしていたラジオから、「彼女が飛行機事故で亡くなった」という訃報が飛び込んできた、そんな奇縁もあるそうです。

この作品を皮切りに、『眠る盃』『無名仮名人名簿』『男どき女どき』など、エッセイを毎晩読んだ時期がありました。

彼女の作品は私の書き方のお手本の一つでもあります。まあそれを感じさせることはできていないかもしれませんが…笑

今年は没後40年で、フェアをやっている書店もあるので、ご興味を持った方は是非どうぞ。

万城目学という作家がいます。

珍しい名前なので、名前だけは知っていますが、作品は読んだことがありません。

でも、エッセイは読んだことがあります。現在、日経新聞夕刊のエッセイに彼の枠があるからです。

12月10日金曜日、その欄に「エレベーターと向田邦子」が書かれていました。

彼(万城目学)は、向田邦子の作品を一度だけ読んだことがある。

それは、小学校6年生の国語のテストで、彼女のエッセイが採用されていた。

彼女(向田邦子)は演劇を見るために、百貨店の最上階にある劇場に向かうために、エレベーターに乗った。

エレベーターは空っぽで、いの一番に乗った。その後、あれよ、あれよと人が乗って来て、満員のまま会場がある最上階に到着した。

後から乗ってきた乗客は我先に、会場入り口に乗り込み、そのおかげで、立ち見をする羽目になった。

モヤモヤする気持ちがあって、演劇が楽しめなかった。

あらすじはこんな感じで、これが、心にずっと残っていて、彼はエレベーターに乗る3回に1回は、向田邦子のことを思い出すそうです。

(ホントかよ!ってツッコミを入れたくなったのは私だけでしょうか笑)

で、先日編集者と彼女の話になり、このエッセイの話をすると、編集者から、「それって『席とり』って作品じゃないですか?」とコピーが送られてきたそうです。

30年ぶりに、その作品を読んだ時に、重要な部分が記憶から欠落していることに気づいたそうです。

それは、

そのエレベーターにはエレベーター・ガールがいて、「ご順に中程へお詰め下さい」と誘導したから、それに素直に従った。

という部分。

そして彼女は、「こういう場合、どうしたらいいのであろう。」「知慧(ちえ)のあるかたがたにお伺いしたい」と正解を求めていたそうです。

これを読んで、彼は、

「また、「しみ」を置いていかれた、と思った。」

と書いていたんです。

万城目学に「しみ」を置いてかれた、私は、彼の作品を1クリックしてしまいました笑

「しみ」を置いていかれた、ということで言えば、昨日の高松智史さんの「示唆の講義」は、まさにそれでした。

書き初め用の半紙の上に、筆先からボトッと墨汁が垂れ落ちてできてしまった、大粒の「しみ」のように、心に強烈に「しみ」込みました。

「しみ」は、記憶に濃く刻まれるということですが、数学の問題で言えば、美しい「補助線が引かれる」ということですし、茂木健一郎風に言えば、「アハ体験」と言えるかもしれません。

大粒の「しみ」を置かれてしまったので、昨日という日を忘れることはないでしょう。でも、昨日教わったような美しい「示唆」が出せるようになるかどうか?はまた別の話です。

数学の問題で、どんなに美しい補助線の引き方を知ったとしても、類似問題で、自分が実際に使えるかどうか?がまた別の話ですし、

「しみ」を置いてかれたと思うような文章を読んだとしても、同じように自分がそれを書けるようになるのか?もまた別の話。と言うことと同じです。

でも、一つだけ確かなことは、自分でそれが使えるようになるかどうか?は、どれだけ繰り返し、実践したかどうか?で決まる、ということなのです。
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【今日のうねり】
「しみ」を置いていかれたこと=感動したことを実際に自分もできるようになりたいのであれば、学びと実践を繰り返すしかないのだ。
感動した!で終わらないように、やるしかないのだ。