変換力=解釈力で人生は変わる

個人的に、USオープンゴルフが盛り上がっていますが、同じ松山でも、松山ケンイチさんのインタビュー記事がYahooニュースに出ていました。
今日はこちらから。

これは最新アニメ映画、プロメアに対するインタビューのものなんですけれども、彼の著書である、敗者。その名前の由来についても言及されていました。
この敗者には、松山さんのプラスの解釈能力の高さが多分に表されているのではないか?って思ったのです。
彼が主演した大河ドラマの平清盛で、2011年震災後に岩手ロケをしたことがあったようなのですが…取材に行った岩手でおじさんに
視聴率、悪かったね
って言われたそうです。
「第一声、それなんだ。岩手でも撮影してたのに…って思った時に、でも、これでよかったのかもしれないと思い直した」
そうです。理由は、そういう風に、何かのはけ口の役割をもらったんじゃないか。勝者がいるってことは敗者がいて、敗者がいなければ勝者はいないわけだし。
平清盛も敗者になることによって、源頼朝にバトンを渡した。それによって武士に世が生まれた。
そんなことまでを思ったそうです。

おそらくなんですが、これを言われた直後ってめちゃくちゃ凹んだ。というか憤ったと思うんですよね。
人生初の大河ドラマ主演。しかも震災直後に岩手でロケまでして、きっと何か日本にエネルギーを与えたいとも思っていたにもかかわらず、「視聴率が悪い」って言われたわけですから。
しかし、そこで上記のような壮大なプラスの解釈を与えることによって、昇華させていった。

僕自身の人生を振り返ってみても、「凹んだ」という経験はいくつもあります。
例えば、僕は受験という受験で全て第一志望に敗戦してきました。
高校受験、大学受験。大学院受験。
しなくてもいい、大学院受験までですからね笑

さすがに3度目となっても、当時はけっこう凹みましたが、
「高校も大学も最高に楽しかったから、きっとこれは、こっちの道に行った方がお前の人生にとってはプラスなんだよ。そんなことを神様が言っているんだ」
みたいな勝手な解釈を施したと記憶しています。
今では、大学院が慶應で良かったと心底思っておりますし。

勿論、そういった出来事に直面した直後に、用意にプラスの解釈ができるとも思いませんが、だらだら引っ張っていてもしょうがない。
もう、ことが起こってしまったのですから。
覆水盆に返らず
大切なことは、それをどうプラスに変えて行くのか?プラスに解釈できるか?
なんですよね。

辛いこと、悲しいこと、思いもよらない出来事が、人生にはいくつもあると思います。
しかし、それに直面した時に、いかに、その出来事を自分にプラスのエネルギーを与えてくれる、そんなストーリーに変換できるのか?
その解釈力って、人生を生きる上でめちゃくちゃ大切な力。術なのではないか?
そんな厳しい局面を、数年後に振り返った時に、笑い飛ばせるくらいに変換できるのか?
その変換力=解釈力で人生は変わるはず。
その力の重要性を、松山ケンイチさん記事を読んで改めて思ったのです。
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人生には、思いもよらない、つらいこと、悲しいことが沢山ある。
でも、それにいちいち負けているわけにいかない。
そんな経験をいかにプラスの経験に変換できるのか?
その解釈力で人生は大きく変わる。
松山ケンイチさんばりの解釈力を身に付けるのです。