「常識」なんて存在しない説

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令和3年12月26日  今日もクルクル通信1222号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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目を真っ赤に腫らしてしゃがみ込んでいるお母さんと肩を落として俯いている女の子、そして、前屈みになりながら話を聞いている警察官。そんな光景に、昨日夕方5時に交番の前で遭遇しました。

例えば、自転車の籠に入れていた、娘のクリスマスプレゼントがコンビニに行っている間に盗まれてしまったとか、空き巣に入られてしまったとか、

はたまた、お父さんが失踪してしまったとかであれば、交番内で調書を書いているはずなので、交番の外ということは考えられません。

こんな日に一体何があったのだろうか?と気の毒になりました。統計的にもクリスマスは犯罪の発生率が低いらしいですし。

あるとしたら、一旦、調書は書いたものの、精神的なダメージが大きすぎて、歩き出すことができずに屈みこんでしまった、とかだったのでしょうか。

その後1時間としないうちに、四谷にあるホテルニューオータニの前を通り掛かったので、「いったいクリスマスにはどれくらいの人がいるのか」が、ちょっと気になったので、入ってみました。入ってみてビックリ。

エントランス前には、幅5メートルはあろうかという真っ白なクリスマスオブジェ(サンタの家?)があり、その前で記念撮影を取ろうとしている人が10組以上はいました。

エントランス右手には、これまた20組ぐらいの長蛇の列。ケーキの引き渡しは別カウンターが設けられていたので、この列は、クリスマスケーキのご購入あるいはイートインを希望者のようです。

フロントもこれまたチェックインを待つ人で、いっぱい。ラウンジにはラウンジ待ちの特別スペースが設けられていて。そこにも数十名はいました。

つまり、大繁盛していたってことです。偶然にもこのホテルで勤務する友人と遭遇したので聞いてみると、

24~26日のクリスマス期間と正月三が日はどこも予約がいっぱいで、これぐらいの混雑が見込まれている。でも、肝心の宿泊はまだまだ。コロナ以前であれば、全室満室で予約が取れない状態が常だったのに、まだ予約ができるそうです。

それにしても、ホテルにはいろいろな人がいました。

日本庭園を眺めるビュッフェスタイルのレストランには、おじいちゃん、おばあちゃんと両親と孫が、楽しそうに食事をしていたり、40階のレストランに向かう、カップルがクロークにコートを預けていたり。

地下の宴会会場では、高橋真梨子のクリスマスディナーショーが開催されていたり、それに向かう初老の夫婦がバーから出てきたり、ビフォアですか?という強面のおじさんと、若い女性がそのバーに向かっていたり。

レンタル衣装店では、ウエディングドレスを試着している女性がいたり、結婚式場の下見で館内を案内されているカップルも5組くらい見ました。

一口にホテルと言っても、これほどバラエティ豊かな人が集まっているのですから、それだけのドラマが溢れているのでしょう。

そういえば、三谷幸喜の『THE 有頂天ホテル』って映画もありましたね。

クリスマスにホテルに入った記憶はないので、大変な盛況ぶりにちょっと衝撃を受けました。

一体、どういう人がクリスマスをホテルで過ごすのか?はイマイチ想像がつきませんが、一方で、過ごしている方からすれば、なぜクリスマスをホテルで過ごさないのか?ということなのだとも思います。

結局、世の中のほとんどのことを知らないってことなんですよね。きっと、私が常識だと思っていることも常識ではないのでしょう。

常識とは、一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力。

とgoo辞書にはありますが、「”一般”の”社会人”が”共通”にもつ、またもつべき」って、既に解釈の余地がありすぎる言葉が三つも入っています。もしかしたら、実は、「常識」と呼べることなんて、ほぼ存在しないのかもしません。

普通の知識・意見や判断力を持つために、読書をし、映画を見て、できるだけ、多面的な視点を持つことが大事なんですよね。
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【今日のうねり】
常識というものは存在しないのではないか。
人によって普通が異なりすぎるからだ。
だから、一般常識が不要ということではなく、むしろ普通でいることが重要なのだ。
そのために、普通の知識・意見や判断力を持つために、読書をし、映画を見て、学ぶのだ。

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