円滑な世代間コミュニケーションには、【当たり前】の理解が欠かせない

今日、20代前半女性がこんなことを言っていて、衝撃を受けました。
「今って、美容整形ってけっこう当たり前ですよ、普通です。
芸能人だって、ちょいちょいやってることをテレビで言っていますし、インスタでもそんな投稿いっぱいありますから。脱毛やっていない人なんていませんよ」
美容整形が当たり前って…言葉を失いました。
僕がびっくりするぐらいですから、僕の親なんか聞いたら
「何言ってるんですか。そんなの危ないこと。あり得ない!そんなことやる必要ない」
って一括する姿が目に浮かびます笑
その是非を一旦は置いておいて、
僕の当たり前と、下の世代の人たちの当たり前が違うっていうことは見逃せません。
この当たり前の違いに大きな影響を与えているのは、彼女の発言の通り、
目に触れる情報の変化だと思うのです。
テレビだけじゃなく、というか、それよりも接触時間の長いInstagramなどのSNSのタイムラインで、なんともなしにそんな情報に触れていたら、それがスタンダードになりますからね。それが普通であり、当たり前になる。
よく言われる、そして誰もが使っている。
「みんながやってるんだから…大丈夫。私もやる!」
ってやつです。
影響力の武器でいうところの社会的証明の原理ですね。

しかも、この美容整形という領域は、インスタとめちゃくちゃ親和性が高いと思うのです。写真がその効果の全てを物語るわけですしからね。
お客様に売ってもらうというのが究極のセールス手法だとは言われますが、
何気ない写真のシェアが、セールスにもつながる。紹介になってしまう。
その写真一つ一つが、結果的にお客様の不安も取り除いてしまうわけです。
恐るべき親和性の高さです。
この当たり前感が今後も加速するのは無理もないのかもしれません。

世代によるコミュニケーションの齟齬っていうのはよくある話だと思います。
それは、当たり前が違うことによって生まれることがあるのではないか?
どちらが良いのか?悪いのか?ではなく、上記のように、育ってきた、触れてきた情報が異なれば、前提である、当たり前が変わるのです。
佐藤優さんのいうところの、内在的論理も変わるのです。
それに思いを至らすことなく、コミュニケーションを取ろうとするから齟齬や衝突が生まれるのではないか?

世代によって、当たり前が違う
この視点は持っていた方が良さそうです。
この視点の有無によって、仮に世代間での衝突に直面した場合でも、
ちょっとした伝え方、言い方が変わるのではないか。その気遣い一つで、
「だから、オヤジは困るんだよ」
とか、
「古くて、言ってること全然わかんない!」
みたいなことを言われる確率が大幅に下がると思うのです。
異業種との交流が不可欠だとは、何度もこのブログで書いてきましたが、
異世代交流も積極的にしていかなければ!視野や思考も拡げて行かねば!
間違っても、オッサンと呼ばれないようにしていかねば!
そんなことを思ったのです。
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世代が変われば、当たり前が変わる。
当たり前が変われば、内在的論理も思考も変わる。
この当たり前の変化は、触れている情報の変化が原因だろう。
異なる世代の人とのコミュニケーションにおいては、この当たり前が違う可能性があることを前提に出来るかどうか?
が大切だ。
その違いに意識を払うことが出来るように、異世代交流も積極的にやっていったほうがよいのだ。