一流の話し手は、【余談】という糖衣を巧みに使う

週末2日間の終日セミナーが無事に終了しました。おかげさまで充実した週末となりました。その中で、
経営者は自分の言葉で語らなければならない。借り物の言葉ではいけない
って話がありました。
上っ面だけが良かったり、聞き触りの良い言葉や話、「ツルっツル」の話っていいのは、結局のところ人に伝えることが出来ない。人の心をとらえることはできない
ということですよね。
あれと一緒ですね?
そう、トイレ掃除。日曜日の習慣のトイレ掃除です
トイレの便座の裏側よろしく、表面だけを綺麗にしていたって、上っ面で見えるところだけ取り繕ったって簡単にバレちゃうよ
って話と同じなのかもしれない、そんなことを思ったのです。

言葉は、実体験に基づく裏付け(中身)があって初めて、重みが増すもの。説得力を帯びるもの。それがあって初めて自分の言葉になる。
聞こえばかりが良い、借り物の言葉=「ツルっツル」の話よりも、ザラザラで、ヒリヒリするような話の方がよっぽど聞きごたえがあって、説得力があるんだと思うのです。そういった話は生々しく、リアリティに溢れ、感情に訴えてかけてくるものがありますから。
時に、この週末のセミナーのような学ぶ場であれば、ザラザラ、ヒリヒリすればするほど、グサグサ刺さる。その分だけ、「あー、全然、俺駄目だな、もっとやらねば…」って思わされて、耳も心も痛い。
受け入れ難いし、飲み込み難くなるって難点はありますが…

仮に、この説得力を効果効能だとするならば、
良薬は口に苦し
ってことですね。効く薬になればなるほど、苦くて飲みにくくなる。
でも、一流の語り手は、さらにそこに一手間かけてくるのです。
糖衣やカプセルでコーティングして、ツルッと服用しやすくするんですよね。
ふんだんに余談という糖衣やカプセルでコーティングをして、
飲みやすくて(面白くて聞きやすい)、体の中でジュワっと効果を発揮する(=説得力)もある話を展開するんですよね。
だから、どんどん吸収できてしまう。
もちろん余談も、自分の言葉と経験で紡ぎ出されるものですから、膨大な学びと経験が必要なわけです。
ということで、本題も余談も自分の言葉で語れるようになるべく、日々行動(実体験)あるのみです。
****
経営者は自分の言葉で語らなければならない。
トイレと同じように、上っ面(便座)だけ綺麗にしたところで、簡単に見透かされてしまう。
聞こえばかりが良い、借り物の言葉=「ツルっツル」の話よりも、ザラザラで、ヒリヒリするような話の方がよっぽど聞きごたえがあって、説得力があるんのだ。
しかし、時に例えば学びの場だと、そういった話は聞き手にとって耳が痛い、聞きにくくて、飲み込み難い。
そんな時、一流の話し手は、糖衣やカプセルという余談でコーティングする。服用しやすくするのだ。誰も面白くて、そして説得力がある。
本題も余談も、実体験から生まれるのだから、日々膨大な学びと行動が大切なのだ。