事実、人間は記憶を自動消去できるようです

一昨日、中学同級生の歯医者、柏原君に治療をしてもらった後に超久しぶりに2人で食事に行きました。何年振りか?覚えていませんが、もしかしたら中学校卒業以来初めてだったかもしれません。
中学生の同級生と仕事をして、その後一緒に食事をする。
なかなか気分が良いものです。

さて、その時、高校受験のことが話題になりました。
何度かこのブログで触れていますが、僕は内部進学の付属高校に落ちています。一方で、柏原君は合格しています。
彼と話していて分かったのですが、
どうやら僕は彼と一緒に合格発表を見に行っていたそうです。
彼が言うには、
僕は自分の受験番号を見間違えたのか?
1度「受かった!」と声に出した後に、もう一度掲示板を見直し、「やっぱり落ちていた」そうです。
その合格発表は友人数人で見ていたそうなんですが…
めちゃ恥ずかしいっすね笑
ただ、恐るべきことにその記憶が僕には一切ないのです。
彼からその話を聞いて、
「ウソ?一緒に見に行っていたの?」
「番号見間違えて、一旦ぬか喜びをしていた?」
ただひたすらに、驚きまくっていました。
合格組はそのまま制服の採寸があったらしいので、そこで別れることになったそうですが、そんなことももちろん覚えていません。
彼は、
「〇〇も一緒にいたよ」
とか
「採寸現場でこんな話が出ていたよ」
とか、結構仔細にその時のことを記憶しているのですが、
不思議なことに、僕は、その合格発表現場の記憶が何一つないのです。
どんなに話をされても思い出せないんです。
いや、思い出そうとしていないのかもしれませんが…
僕の合格発表日の記憶は、不合格を知って帰宅した後に、フジテレビのドラマの再放送で東京ラブストーリーがやっていたことだけです笑
それをBGMに泣きましたからね笑
当たり前ですが、柏原くんはその日に東京ラブストーリーが再放送されていたことなんて一切覚えていませんでした笑

これも何度か書いていますが、この時の不合格が僕の人生で最初にして最大の挫折だったわけです。
もちろん今振り返ってみると、この経験が今の自分を構成している大きな要素になっていますので、これで本当に良かったと心の底から思っています。が、今回彼と話していて、新たに発見したことは、
合格発表現場の記憶は一切ないということです。
受験不合格と言う大きな括りでは記憶が残っているんですけれども…
どうやら人間は、嫌なことや覚えておきたくない事っていうのを自動消去できるようなのです。意識的にか無意識的にか分からないですが。
臥薪嘗胆
辛かった記憶を今の活力にするっていう故事成語もありますし、それも記憶の活用方法だとは思いますが、
どうせだったら、楽しかったり、幸せだったことで記憶をいっぱいにして、活力に変えて生きたいものです。人間の記憶のメモリはめちゃ少ないですからね。
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人間は嫌な記憶を自動で消去できるようだ。
臥薪嘗胆と言う言葉があるように、嫌な記憶をとどめておいて、明日の活力にする方法もあるが、どうせだったら、幸せなことだけで記憶を一杯にして、それを活力して行きたいものだ。