サルサと落語の”はざま”で

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令和4年4月4日  今日もクルクル通信1321号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日は知人のサルサを鑑賞しました。

もちろんその前に、中華街の『山東』で餃子と豚の角煮withパンを食べて、『同發』で家鴨と皮つき豚をお土産で購入。馬車道に移動してから、八木さんの『バニラビーンズ』で極上のアイスクリームを食するという。グルメコースも忘れずに敢行しましたがww

さて、サルサですが、ビビりました。何にビビったのか?まずは会場のデカさです。会場は横浜の関内ホールでしたが、一階二階席あり、座席総数が1,000席を越えていました。

ちょっと先にある、神奈川県民ホールと感覚的には大差ない感じでした。(実際は、神奈川県民ホールは2,000席超でした)

その会場がほぼ満席。

しかも、この講演。知人が通っているスクールの発表会で、先生(プロ)の演目もありましたが、ほとんどが素人の演技です。

それで、千人規模ですか?チケットは一枚3500円でしたから、400万円規模講演ですか!?って話です。

こういっちゃなんですが、その人気に驚きました。まさに、「知らない世界」でした。

まあ、サルサファンからすれば、「全然これくらい集まるっしょ!?なめんな!」って話かもしれませんよね。

むしろ、先週、あんたが行っていた、落語で、よみうりホールが一杯になる方がびっくりだわって。

うーん、そう言われたら、返す言葉もないかもしれません。

落語は、講演と言っても、舞台上に座布団とマイクが置いてあって、着物を着た人間が1人が出てきて、そこに正座して話をするだけ。ですからね。

それを1,000人の人間が、黙って、聞いて、時に大笑いしているわけですから。どっちが滑稽か?と言えば、圧倒的に落語ですね、はいw

でも、落語、おもろいんですよね。学びもあるし。

先週の高座では、オオトリの柳家喬太郎の最中に、グラグラっと地震が来たんです。一瞬、会場がざわついたんですが、その観客を見て、彼が言い放った、
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心配するな!お前たちが最後に聴いたのは俺の『饅頭こわい』だ!!一蓮托生だ!
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的な一言に、笑うこと以上に、私は感動をしていました。

他にも、「どうやって話を組み立ててんのかな?」

とか、あれこれ考えながら、咄家の話を聞いていることもあるんですが、サルサ好きからは全くワケがわからんことだとも思うのです。

照明あり、音楽あり、複数の演者のコンビネーションあり。なサルサの方が、全然良いって人もいると思し、それはそれで良いのです。(どう考えても、派手さという観点で言えば、”映え”で言えば完敗ですしw)

【蓼食う虫も好き好き】。人は「みんな違って、みんないい。」んです。

なのですが、それでも、プロの中に、幾人もの男性が混じっていたってのは、やっぱりびっくりなんですよねw

彼らは、サルサに人生をかけているわけですが、その情熱がどこから来るのか?何がきっかけで、そうなったのか。皆目見当もつかないんですよね。

おそらく、親戚とか友人にバレエやダンスをやっていた人がいた。みたいなことがきっかけなんだとは思うのですが。

サラリーマンと専業主婦の、バレエとは無縁の家で育ったにもかかわらず、従姉弟(いとこ)のレッスンを見て興味を持ち、習い始めたのは10歳。そこから、世界のトップにまで行った、バレエダンサーの熊川哲也みたいに。

やっぱり、環境で多くのことは決まるのだとは思います。

とは言いながら、もう一度、人生をやり直すことができたとしても、私にはサルサをやる。という選択肢は、なさそうですがww

そして、おそらく明後日お邪魔する、矢島弘一さんの舞台公演『あの日わたしをはだかにして』を見ても、きっと同じことを思ってしまうような気もするんです。

どうしたらこれをやりたいと思ったのか?ってww

でも、結局それで良いんです。

わからないことが多くて、当たり前。わからないことだらけで良いんです。分からないことを無理に分かろうとすること。分かったフリをすること。これの方がよっぽど、良くないんです。

わからないことがたくさんあるということ。を、知っていること。分かっていること。

これが大事なんだと思うんですよね。

それが分かってさえいれば、奢ることも、自分がすげえなんて勘違いすることも一切なくて、平身低頭が基本スタイルでいけるようになるのですから。

これも、【無知の知】なのかもしれません。
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【今日のうねり】
蓼食う虫も好き好き。みんな違って、みんないい。
大事なことは、その違いがあることを知っていること。
人生はわからないことが多くて、当たり前。わからないことだらけで良い。分からないことを無理に分かろうとすること。分かったフリをすること。これの方がよっぽど、良くない。
わからないことがたくさんあるということ。を、知っていること。分かっていること。
これが大事なのだ。【無知の知】なのですと思うんですよね。