一見脈絡のない我が人生を一部総括してみる

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令和元年文月2日  今日もクルクル通信318号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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今朝、いつも通り洗濯物を干している時に、当時人生で買った、最も高額のCD(音源)を聴いていました。
一瞬話は逸れますが、梅雨っていうのは嫌ですね。洗濯物は気持ちよく乾かないし、ちょっと水くさくなりますし…
その音源っていうのは、ブックライターで大活躍されている、上阪さんの聞く力/書く力なのですが、
その中でこんな話をされていました。
けっこう頻繁に、
「僕も書籍を出したいんですけれども、どうしたら出せるようになりますか?」
こんな質問をもらいますが、正直わかりません。というか、自分自身も目の前のことをひたらす一生懸命やっていたらここにたどり着いた。
自分だって、自分が本を書くことになるなんて望んでもいなければ、想像もしていなかったんですから。自分で想像できる未来なんて大したことじゃないんですよ。とっても範囲の狭いことでしか考えられない。だったら一切、目標を持たない方が良いのではないか?
そんな生き方があるのではないか。
そうやって生きていたら、一番大きなマーケットに流されていくんです。
と。

そう、人間の想像力というか、今見えていることやわかっていることって、めちゃくちゃ狭いんですよ。
スティーブジョブスのconnecting the dotsの話もまさにその話ですよね。

僕自身も自分の人生を振り返ってみたってそうです。
まさか自己資本で会社を作るなんて夢にも思いませんでした。1年前にだって想像すらしていませんでした。
そもそも一番最初になりたかったのはお医者さんですからね笑
今思えば本当になりたかったのか?
というのは今から思えば定かではありませんが、ちょっと我が人生を一部総括してみます。

・高校時、医者になろうと思って医学部受験をする。(そもそも理系科目が不得意で全然点数が出ないにもかかわらず)
・一浪して受験するも、あえなく不合格。併願していた慶應の経済学部に受かったので入学。
・ラクロス部入部。ラクロス漬けの4年間を過ごす。(まさかラクロスをやることになるとは思いもしませんでした)
・大学3年生の時に、ゼミの先生の手伝いで、カンボジアの大学に二度ほど行く。
10、11歳の時にマレーシアとシンガポールに住んでいたこともあり、途上国に馴染みがあったので、この経験を機に国際協力をやってみようと思う。
どうやら国際機関は修士以上の学位がないと就職できないことが分かり、大学院を志す。
・カンボジアでお世話になったNPO法人の人の勧めで、慶應SFCを受験することになる。
「先生に話を通していたから」と言われるも、不合格になる笑
・慶應の経済学研究科の入学式で、親友の伊藤亜聖君(現在東大の准教授)と出会い、その日に学者の道を諦める。
・慶応ラクロスのOB会の手伝いで慶応ラクロスのアイデンティティーを解き明かす、ユズリハプロジェクトというのを勝手に作る。その時インタビューした小島理さん(現電通7BP局長)と出会い、憧れて、電通の入社を希望する。
考えるエンジンの高松さん(人生の大先輩)の授業を受けてコンサルの世界に興味を持つ。YCPジャパンに転職を希望する。転職には遅いタイミングだったにもかかわらず運良くオファーをもらう。
・エードットの伊達社長と出会って、「なんか楽しそう」と思って、子会社のARUYOを設立、社長になる。
・自己資本で(株)SURGINGを設立。

自分で書いてて改めて思いましたが、ぱっと見、本気で全く脈絡ないっすね笑
実際は、自分の中ではあるんですよ、ストーリーもあります!笑
それはまたの機会に。

高校生の時、医者を志していた僕に、今の人生はこんな風に描くなんて100%不可能です
でも、最高に楽しかったと思っています。
例えば、5年後、10年後に改めて、このように時系列で振り返った時に、
「当時のお前にはこんな経歴キャリアを歩むなんてなんて想像だにできなかっただろう!」
って言えるようなそんな人生を歩めたら幸せだと思うのです。
そんな未来に向けて、今日もうねっていくのです。
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【今日のうねり】
自分の想像できる未来なんて大したものじゃない。今自分が想像できることなんてとても小さなものですから。
スティーブジョブスのconnecting the dotsの話のように、振り返った時に全てが繋がっている。一見脈絡のない人生で良いのだ。
それを歩むうえでの唯一のルールは、目の前の仕事を全力で取り組むことだ。