とてつもなく、費用対効果のデカい買い物

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令和4年5月26日  今日もクルクル通信1373号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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週末、実家の本棚を見て、愕然としました。『ワンピース』の32巻が歯抜けになっていることに気づいてしまったからではありません。(一体、どこにいってしまったのか…)

今年、毎晩読んでいる、『吉田松陰一日一言』があったからです。でも、買った記憶も読んだ記憶も全くないんですw

致知出版社のこんなマニアックな本を一体どこで買ったのか?皆目見当もつきません。

この書籍に書いてあったことは何一つ覚えていません。一切に、血肉になっていません。

歩留まり率0%。コスパの悪さって言ったらないですw

出版年度を調べてみれば2006年。発売当初に購入したのか?までは分かりませんが、15年以上前からこの手の話には関心があったようですw

というよりも、司馬遼太郎の『世に棲む日日』を読んで以来、吉田松陰ファン?だったので、「ジェケ買い」ならぬ、「タイトル買い」をしただけだったかもしれません。

とにかく、何故、購入したのか?は謎のままですが…

まぁ、百歩譲って良いんです、そんな10年以上前に読んだ本の内容を覚えていなくても。

でも、わずか2ヶ月前に読んだ内容ですら全く覚えていないのはどうなんでしょうか?
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昔、このようにいっている。「一般の人で、行いをみがき、名を立てようと望むものは、立派な志のある人に付かなければ、どうして後世に名を残すような人物になれようか。なれはしない」と。
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4月27日に、これを読んで、めちゃ刺さったんです。写真を撮るほどに。数回読んで、本を閉じようとしたときに、日付を確認してびっくり。2月27日でしたw

確かに2ヶ月前に読んでいるはずなんですが、一切、覚えていませんでした。歩留まり率0%をここでもマークw

2日前にも、同じことがありました。

ドラッカー 365の金言』。5月24日分を読んで、感動していたんです。写真も撮りました。せっかくなので、以下に抜粋しておきますね。
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知識労働の仕事
いかに行なうかは何を行なうかの後に来る問題である。

肉体労働では、なすべき仕事は決まっている。 家事従事者が行なうべきことは、家の主がいう。工場の肉体労働者が行なうべきことは、組立ラインや機械が規定する。

これに対し知識労働では、何を行なうかが第一の、しかも決定的な問題になる。 知識労働はプログラム化されていないからである。 なすべきことを決めるのは知識労働者本人である。

なぜならば、最も高価な生産手段すなわち教育を手にし、最も重要な道具すなわち知識をもっているのは、知識労働者本人だからである。

もちろんコンピュータなどの道具も使われる。しかし、それらの道具をなぜ、いかに使うかを決めるのは知識労働者の知識である。仕事を完成させるにはいかなる方法と手段が必要かを知っているのも彼らである。

いかなる仕事が必要でなく、行なうべきでないかを知っているのも彼らである。

したがって、知識労働の生産性を向上させるためには、知識労働者自身に対し、行なうべき仕事は何か、何でなければならないか、何を期待してよいか、何が邪魔であってなくすべきかを問わなければならない。

知識労働では、いかに行なうかは、何を行なうかの後に来る問題である。
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でも、この書籍、毎晩読むようになって、4年目に突入しているんです。これ、少なくとも3回以上は読んでいるんです。

にもかかわらず、全く覚えていないww

確かに、どの言葉が響くのか?は時期やタイミングによっても大きく変わるでしょう。でも、3回も読んでいたとしても、覚えていないことは覚えていない。歩留まり率0%なのですw

今回を機に、「ラクして、何かを身に着けること」を完全に諦めることができました。

覚えたいことや身につけたいことがあったら、何度も何度も繰り返しやるしかない。

漆塗りしかない。

完全に諦めがついたという観点で言えば、『吉田松陰一日一言』の”重複”買いは、とてつもなく、費用対効果のデカい投資だったと言えるかもしれませんw
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【今日のうねり】
ラクして身につけられることなんてないのだ。
それが大事なことであればあるほど、その傾向は強まるだろう。
だから、諦めた。楽しようとすることを。
覚えたいことや身につけたいことがあったら、何度も何度も繰り返しやるしかない。
漆塗りしかない。