深夜に気づいた、アンパンマンマーチの深さ

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令和元年文月11日  今日もクルクル通信324号
本ブログは、(株)SURGING中田雅之のブログです。
今日もクルクルうねって、胸にぐっとクル気づきを書いていきます。
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昨日の深夜に目が覚めました。すると、

なにが君のしあわせ なにをして喜ぶ
わからないままおわる、そんなのはいやだ

そう、あのアンパンマンマーチが歌詞が何故だか頭の中に流れてきました。

その後はご存じの通り

忘れないで夢を こぼさないで涙
だから、君はとぶんだ どこまでも

ですが、改めて見てみると、前の歌詞と全然関係なくない?

というツッコミを心の中で入れつつも、この歌詞は深すぎるなと思った訳です。

先週のブログでもご紹介した、上阪さんは、

「幸せになれない人って、どんな人だと思います?」

「それは、幸せの定義ができてない人ですよ」

と仰っていました。

何をして喜ぶ(?)

というフレーズだって、

どんな仕事をしている時が楽しいのか?喜びを感じられるのか?

どんな仕事がやりたいことなのか?

にそのまま置き換えることが出来ますよね。

とすると、まさにドラッカーの言葉で言うと、

何をもって覚えられたいのか?

ということと同じではないか?と思った訳です。

アンパンマンとドラッカーが一緒のことを言っているって笑

ドラッカーは、どんな仕事をしたいのか、20、30代で見つかれば早い方だ

とも言っていたようですし。

そんなこと考えていたら、お陰様で、そこから1.5時間ぐらい眠れなくなりました。

なぜか?って、色々思い返してしまった訳です。

電通の時も、YCPの時も、ARUYOの時もいつも仕事は楽しかったし、充実していた。

でも、「これじゃない」とは言わないけれども、

「もっと自分らしい仕事/生き方があるのではないか?」

そんなことを自らに問い、それを探すべく行動に移してきたように思います。

それが、合ってたのか?間違っていたか?なんて分からないけれども、

今この瞬間、充実感を持って生きていることが確からしさを証明してくれていると信じています。

じゃあ、今アンパンマンマーチの言うところの

何をして喜ぶ? 分からないまま終わる そんなのは嫌だ

に対して、

「そりゃあそうだよね、俺はもう見つけたよ。見つからない人生なんて絶対嫌だよね」

なんて言えるのか?っていうと、まだ言えません。

でも、なんだか分かりませんが、それに少しずつ近づいていっているような気もしないわけではありません。

その近づいていっていると感じている像が、朧げなんですけれども、

でも、それでもいいんだと思います。

その朧げというか、虚像が今想像できるベストの形であれば。

その輪郭がハッキリ見えた時に、やっぱこれじゃないかも?もっとあるかも?

と思うのであれば、

今までみたいに、また曖昧模糊とした、単なるイメージ像を目指して再チャレンジすればいい訳ですから。

でも、日々のちょっとずつのチャレンジ。その微差の積み重ねが、時間とともに絶対差になっていく。

これだけは真実なので、それを怠らないようにしていきます。

自分の幸せの形も決めて、

喜びを感じる仕事の形もわかって、

アンパンマンみたいに優しい人になれれば

それは豊かな人生になりますよね。

突然、深夜に蘇った、アンパンマンマーチ。せっかくのご縁なので笑

この歌詞を忘れることなく、日々くるくるしていきます。

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【今日のうねり】
アンパンマンマーチが問いかけてくれることは、ドラッカーと一緒だ。

何が幸せなのか?

何が自分の喜びなのか?

今考え得る、ベストな像を掲げて、それに向かって、

焦ることなく、日々積み重ねていく。

像の輪郭がはっきり見えた時に、それが違うと思ったならば、また新しく設定すればよい。

それを繰り返して、真の仕事の形に出会えればそれでよいのだ。